矢沢永吉60歳還暦ライブ

私の年代のスーパースターと言えばやはり矢沢永吉。松田優作という声もあるが、両巨頭並び立つと言う感じ。

今から30年も前に読んだ矢沢永吉の「成り上がり」。広島から上京し、「成功の証であるリンカーンに乗って赤のラークを買いに行く!」という下りは30年経った今も忘れられない。

しかし、その矢沢永吉も60歳。さすがに赤のチャンチャンコを着てステージには立っていなかったが、昔ながらの黒い服で還暦の矢沢がステージに上がっていた。途中のトークの中で、「世界の矢沢を目指しての失敗談」。やはり米国のレコード会社にだまされたのが現実であったらしい。また、信頼していた仲間がお金を持ってトンズらした話など、さまざまな失敗を重ねた上で今の矢沢があるという下りは説得力がある。

成功の道しるべ。そして失敗。この年になって初めてわかる人生の大きな試練や常識。やはり、この年になって30代の血気盛んな若者ほ見ていると、自分も通ってきた道ながらあぶなかっしく感じる。これも年の行った成果もしれない。

いつも社員に話す話だが、「調子の良い時こそ調子が悪かった時を思い出し、逆に、調子が悪い時には調子が良かった時を思い出して、自らを戒めよ!」。人間には大リーグで大活躍するイチローのような天才は5%もいなくて当然。自分を天才だと想ったとたんから不幸が始まる。やはり成功する鍵は戦略立案と「無心」にしかないのかもしれない。ほとんどの人間の能力には遜色はないと想う。

いかに自らの足元をみつめつつ人生を送るかがすべて。慢心こそ最大の敵である。

 

 

daihyo

投稿者プロフィール

地場の自動車ディーラーの株式会社ホンダクリオ徳島にて、営業・マーケティング・支店運営責任者を歴任。米国の先進的営業手法教育プログラムPSS(プロフェッショナル・セリング・スキル)を体得し、商圏が小さいにもかかわらず大都市圏のライバルを抑え、中四国地域販売台数トップセールスに5年連続輝く。平成2年家業大表建設株式会社(現社名:ダイヒョウ株式会社)に転職。専務取締役歴任後、代表取締役に就任。平成10年インターネットに出会い、日興証券のエンジェルキャピタルを得た株式会社アルファベティックアクション(現在、株式会社KSKアルパ)のシステム開発に参画する。以降、インターネットマーケティングの研究と各種携帯電話ソリューション事業を展開。2005年11月に、高齢者向け賃貸住宅コンサルティング、アパマン経営コンサルティングなどの各種コンサルティング事業を手がける有限会社ウェルライフ徳島を設立。同、代表取締役に就任。現在、全国のクライアントの個別コンサルティング及び小口不動産証券化ビジネススキーム構築のために全国行脚を積極的に展開中。昭和37年徳島県徳島市生まれ。血液型O型。

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