星一徹になれなかった私

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あと一週間もすれば上から二番目の長男が、震災の恐怖のある関東の大学へ進学する。小学校に上がる前から三番目の次男と一緒にキャッチボールをしていたことを思い出し、しばらくできなくなるなぁ~と急遽、近所の公園へ。

子供の頃、厳しく野球を教えたのが良かったのか、二人とも中学、高校と活躍できたほうだと思う。スパルタ教育とまではいかなかったが、かなり厳しく教えたせいだろう。

思い返すと、やはり子供の頃の熱血野球テレビ漫画「巨人の星」の影響が強かったと思う。私が小学生の頃、その漫画に出てくる「大リーグ養成ギブス」がほしくて仕方なかった記憶がある。パンツのゴムで、大リーグ養成ギブスをまねて作り、それをつけて日々キャッチボールを続けていた。

実の父と、たった一度だけしたキャッチボールした幼い頃のうれしさを今も忘れられない。結局、実の父はそのまま二度と私とキャッチボールしてくれることはなかった。だからキャッチボールの相手は、決して投げ返してくれないブロック塀だった。

そんな思いで幼い頃からキャッチボールの相手をしてきたが、もう父親は相手にならないらしい。ぜーぜーと息を弾ませる父親をよそに、二人でしている遠投の距離は100メートルはある。とてもではないが着いていけない。うれしい反面、見ず゛からの体力の低下を省みる。

子供にいつも言うのだが、「二十歳までは父と母が評価してくれるが、二十歳からは世間が評価するので自己研鑽が重要!」。「親はなくても子は育つ!」。それぞれの人生を歩んでほしい。

daihyo

投稿者プロフィール

地場の自動車ディーラーの株式会社ホンダクリオ徳島にて、営業・マーケティング・支店運営責任者を歴任。米国の先進的営業手法教育プログラムPSS(プロフェッショナル・セリング・スキル)を体得し、商圏が小さいにもかかわらず大都市圏のライバルを抑え、中四国地域販売台数トップセールスに5年連続輝く。平成2年家業大表建設株式会社(現社名:ダイヒョウ株式会社)に転職。専務取締役歴任後、代表取締役に就任。平成10年インターネットに出会い、日興証券のエンジェルキャピタルを得た株式会社アルファベティックアクション(現在、株式会社KSKアルパ)のシステム開発に参画する。以降、インターネットマーケティングの研究と各種携帯電話ソリューション事業を展開。2005年11月に、高齢者向け賃貸住宅コンサルティング、アパマン経営コンサルティングなどの各種コンサルティング事業を手がける有限会社ウェルライフ徳島を設立。同、代表取締役に就任。現在、全国のクライアントの個別コンサルティング及び小口不動産証券化ビジネススキーム構築のために全国行脚を積極的に展開中。昭和37年徳島県徳島市生まれ。血液型O型。

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