百田尚樹著「永遠の0」を読んで・・・!

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私の実の祖父は大正元年生まれ。生きていれば今年の8月で101歳。
第二次世界大戦(昭和14年~20年)の時は27歳~34歳。

養父は、昭和8年生まれなので現在80歳。
第二次世界大戦(昭和14年~20年)の時は6歳~12歳。

この本に出てくる特攻隊員として殉職した主人公の祖父は、
第二次世界大戦(昭和14年~20年)の時は18歳~24歳。

ちようど実祖父と養父の間の年代である。

万一、生き残って帰ってくる可能性のある戦場と違い、
「出撃=必ず死ぬ」特攻隊員の心情はどんなものだったのかと思い描く。

がんで余命6ヶ月を宣言されれば、まだ心の準備も出来るだろう。

また、交通事故で即死になるのもある意味幸せかもしれない。

しかし、特攻隊員で必ず死ぬという重荷を背負わされた人たちは、
死刑が確定し、毎日おびえながら暮らす死刑囚と
置かれている立場は一緒ではなかったのか?

特攻隊員は、過去に殺人などの犯罪をしていないにもかかわらずだ・・・。
(死刑囚はある意味自業自得)

「天皇陛下万歳!」で死んでいったなどという美辞麗句は、
兵学校の官僚エリートの自己保身のいいわけ意外なにものでもない。

家族のために死ぬものはあっても、
遺書に天皇陛下のためというのは検閲があったからであろう。

本当は「苦しい、死にたくない」が現実で、
「なんとか生き残れる方法はないのか」と考えたと思う。

「死にたくないよ~」とは書けず、
精一杯、親や家族に、
自分が居なくなった後も胸を張って生きてもらうために書いたものだったのだろう。

しかし、それが戦後の米国主導の民主化で逆になる。

「軍国主義」の人間は「国家の敵」。

まさに日本人らしいし、それを陽動した報道機関にもあきれるばかり。

それにしても第二次世界大戦の末期のエリート兵士、
まったく、現在の官僚と同じだし、江戸幕府末期の幕府官僚のうろたえぶりと同じ。

歴史小説を読み漁っていると、
どちらも官僚の対応は(自らの保身」で共通するように思えてならない。
(うがった考え方・・・?)

幕末の江戸幕府官僚は、
250年も続いた江戸幕府が終わりだと判っていた。

第二次世界大戦末期の兵軍学校のエリート官僚は、
日本が敗れることは判っていた。

第二次世界大戦末期の
「人を人とも思わぬ、自らの保身のためだけに高級官僚が行った行為」、
正直、「自己保身」のために陸軍兵士や海軍兵士を、
まるで「将棋の歩」の捨て駒としてた使ったような気がする。

明治維新→(70年)→第二次世界大戦終戦。

第二次世界大戦終戦→(70年)→2016年。

あと3年。

今までの官僚の自己保身が繰り返されないように思うばかり。

この物語のストーリー、さすがに放送作家だけあってなかなか・・・。

読後、違和感がある部分もあるが、
私自身が主人公とおなじ立場で読んでいると5回は泣けた。

主人公である実祖父(特攻隊員)と養祖父(死を待つ弁護士)に、
男のロマンを感じた。

私にとって、人生を見つめなおさせてくれた本でした。

daihyo

投稿者プロフィール

地場の自動車ディーラーの株式会社ホンダクリオ徳島にて、営業・マーケティング・支店運営責任者を歴任。米国の先進的営業手法教育プログラムPSS(プロフェッショナル・セリング・スキル)を体得し、商圏が小さいにもかかわらず大都市圏のライバルを抑え、中四国地域販売台数トップセールスに5年連続輝く。平成2年家業大表建設株式会社(現社名:ダイヒョウ株式会社)に転職。専務取締役歴任後、代表取締役に就任。平成10年インターネットに出会い、日興証券のエンジェルキャピタルを得た株式会社アルファベティックアクション(現在、株式会社KSKアルパ)のシステム開発に参画する。以降、インターネットマーケティングの研究と各種携帯電話ソリューション事業を展開。2005年11月に、高齢者向け賃貸住宅コンサルティング、アパマン経営コンサルティングなどの各種コンサルティング事業を手がける有限会社ウェルライフ徳島を設立。同、代表取締役に就任。現在、全国のクライアントの個別コンサルティング及び小口不動産証券化ビジネススキーム構築のために全国行脚を積極的に展開中。昭和37年徳島県徳島市生まれ。血液型O型。

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